現代経済学の潮流2011

阿部 顕三編/大垣 昌夫編/小川 一夫編/田渕 隆俊編
2011年7月27日 発売
定価 2,640円(税込)
ISBN:9784492314159 / サイズ:サイズ:A5判/ページ数:264


【は し が き】


 

日本経済学会(1997年に理論・計量経済学会から名称変更)は1968年4月に理論経済学会(1934年に日本経済学会として発足,1949年に名称変更)と日本計量経済学会(1950年に発足)を統合し新会則のもとで発足し、日本を代表する経済学の総合学会として2009年には創立75周年を迎えた。



1959年に理論経済学会と日本計量経済学会はそれまで一部の日本の経済学者によって発行されていた学術雑誌『理論経済学』を学会誌とし、『季刊 理論経済学』と名称をあらため、1994年まで東洋経済新報社から発行を続けてきた。同誌は1995年にThe Japanese Economic Reviewと名称をあらため、当初はBasil Blackwell社から、そしてその後のWiley社によるBasil Blackwell社の買収に伴い現在はWiley社によるWiley-Blackwellから英文の学術誌として発行されている。



『現代経済学の潮流』は経済理論の現実的かつ実際的な応用が求められる環境のなかで、日本経済学会の公式の日本語刊行物として1996年から毎年出版されているものである。『現代経済学の潮流』はかつて『季刊 理論経済学』に発表された多くの優れた日本語論文の伝統を継承するとともに、新たに産学官民の共同の研究や情報交換の場ともなることを目指している。



本書『現代経済学の潮流 2011』は、日本経済学会の2010年度春季大会(千葉大学)・秋季大会(関西学院大学)で発表された論文から、会長講演、石川賞講演、及び3つの特別報告論文を選び、2つのパネル・ディスカッションを加えたものである。



第1章「財政構造改革と経済活動:政府支出と民間努力」は、井堀利宏(東京大学)会長講演に基づいて、政府や民間部門が財政改革を実施するための課題、あるいは、先送り、延期する様々な誘因を分析している。財政改革しばしばプラスの波及効果を持つため、公共財としての側面を持ちただ乗り問題を引き起こすことが指摘されて分析されている。また、財政構造改革を成功させるには、良いマクロ経済環境が必要であるとしばしば指摘される。これは、GDPの拡大によるプラスの所得効果を想定しているからと解釈できる。本論文ではこれらの財政改革を遅らす経済要因を中心に分析し、良いマクロ経済環境は財政支出の効率化のような財政改革には必ずしも寄与しないことが示されるなどの結果が示されている。 高齢化が進む多くの国々の中でも特に急速に高齢化が進むことによって高齢者たちへの財政支出の増加が予測され、さらに東日本大震災からの復興のための財政支出が必要となるわが国にとって、財政改革は非常に重要な政策課題である。財政改革の先送りの原因として議論されることの多い政治的要因に加え、本省で説明されている経済要因についても有識者たちがよく理解して対策を考えていくことが必要であろう。



第2章「日本の景気変動要因:時系列分析からの視点」は、宮尾龍蔵氏による石川賞受賞講演に基づいている。本論文は、日本の長期停滞・デフレのメカニズムについて新たな視点から実証分析を行った研究である。わが国の景気・物価の変動要因についてマクロ時系列データに基づいて分析・検討し、需要面、供給面が景気・物価動向に及ぼす影響について実証的に明らかにしている。生産性変動をマクロ経済全体の中でとらえ、景気・物価動向に対して定量的な評価を行うという視点は本論文の大きな特徴である。 需要・供給両面を包括するベクトル自己回帰(VAR)アプローチに基づき、需給ギャップ、生産性(全要素生産性)、インフレ率、株価といったマクロ変数間の相互依存関係を検証している。VAR分析の結果、生産性上昇は需給ギャップを持続的に改善し、インフレ率に対しても持続的なプラスの影響をもたらすことが明らかとなった。また生産性の指標を潜在GDPに置き換えても、同じ結果が得られた。これらの結果は、わが国経済の景気・物価動向を理解する上で、生産性変動が重要な役割を担ってきたことを示唆している。生産性の上昇が、供給面のみならず需要面へのフィードバックを通じて持続的な成長に寄与するという本論文の実証結果は、わが国における長期的な成長戦略を考察する上でも重要な含意を有している。



第3章「ミンサー型賃金関数の日本の労働市場への適用」は、川口大司(一橋大学)による特別報告をもとに書かれている。ミンサーは、教育年数と学卒後経過年数によって賃金が決定される人的資本理論を踏まえ、米国のデータを用いて実証研究を行った。具体的には、賃金率の自然対数が教育年数と学卒後経過年数の二次関数で近似できることを示した。本論文では、このミンサーモデルが日本のミクロデータ(2005~2008年の賃金構造基本統計調査)を用いてもよく当てはまることを実証した。推定する際に留意すべき点として、賃金構造は年齢が60歳を境に不連続になること、学歴はダミー変数として取り扱ったほうがいいこと、賃金―学卒後経過年数プロファイルは学歴によって異なること、不均一分散の存在を考慮すべきことなどを指摘した。また、日本の賃金―勤続年数プロファイルは、同時期の米国のものよりも勾配が急であることを明らかにした。また、米国の賃金―勤続年数プロファイルが平坦化するのは15年であるのに対し、わが国は25年から30年であることを示した。これらの結果を先行研究と比較しつつ、多角的に議論していて、大変興味深い論文である。



第4章「対外援助と経済成長の理論」は、内藤巧(早稲田大学)による特別報告である。本章では、対外援助が受入国の経済成長を促進するのかどうかという問題が考察されている.援助と成長に関する近年の実証・理論研究を,自身の最新の成果を踏まえつつサーベイしている.実証研究によると,援助は成長率を(無条件であるいは条件付きで)高めるという論文もあれば,その結果の頑健性を容易 に否定する論文もあり,まだ決定的な結論は得られていない.これを受けて,1部門モデルによる理論分析では,援助と成長率の関係はその使い道に依存することが示され,受入国の政策の良し悪しが援助の成長効果を左右するとの実証研究を支持している.これに対し,内藤氏は1部門モデルで見落とされて いる「財の相対価格の変化」と「財の貿易」を考慮した2部門モデルや2国モデルを提案し,部門間の要素集約度や,貿易関連インフラを通じた輸送費 動きも,援助と成長率の関係に影響を与えることを示している.本論文の後半で紹介されている筆者のモデルは援助と成長に関する新たな理論仮説を提供しており,今後の実証研究の改善にヒントを与えている.



第5章「戦略的提携の経済分析:二つの視点」は,森田穂高(ニューサウスウェールズ大学)による特別報告である。本章ではまず,提携の重要な目的の一つである知識移転に関して,それが暗黙知・ノウハウなどの書類に記述することが困難なものである場合に,企業間の部分的結合が重要な役割を果たし得る点に注目している。部分的結合に関する既存の寡占モデルとは異なり,本章で展開される新たな理論モデルでは,結合レベルが知識移転との関連のなかで内生的に決定される。経済厚生上の含意から競争政策当局がとるべき政策として,部分的結合の全面的禁止と全面的許可だけでなく,その部分的許可が最適政策となり得ることが示される。次に,競争企業が提携することによるコスト削減と製品差別化の度合いに関わるトレードオフを分析する。基本複占モデルを分析したのち,垂直的企業関係を入れ込むことによりコスト削減を内生化したモデルとその電子商取引への応用を議論している。最後に,3社寡占における2社の提携に関する分析の概略を述べ,競争企業間の提携が消費者の便益に与える影響は、それら企業による価格を引き下げのみならず,製品特性ならびに提携外の企業の価格の変化も考慮すべきであることが指摘される。本章の分析は戦略的提携に関する新たな視座を与えるものである。



第6章「わが国における政策評価:この10年を振り返って」は、司会大橋弘(東京大学)、パネリスト金本良嗣(東京大学)、岸本充生(産業技術総合研究所)、田辺国昭(東京大学)、澁谷和久(国土交通省)および八田達夫(政策研究大学院大学)によるパネル討論である。わが国が2002年から施行してきた政策評価について、その評価と課題について討論を行った。政策評価とは、行政機関が政策の費用対効果を分析・評価するものである。今日では、規制の事前評価や租税特別措置等についての政策評価が行われるなど、政策評価制度はわが国にも定着しつつあるように見える。しかしパネルの議論からは、わが国における政策評価が行政機関の自己正当化のために使われる傾向が強く、うまく機能しているとはいいがたい現状が明らかにされた。政治主導が掲げられる今、評価制度の原点に立ちかえり、政策の意思決定者が判断を下す際に基礎となる客観的な情報を提供できるように現在の政策評価制度を見直して、政策評価の結果とその評価された政策を行うかどうかの政策判断とを切り分ける視点が重要であるとの指摘がなされた。



また、政策評価の精度を高めていく上で、政策評価プロセスに経済学者の積極的な関与が不可欠であるという指摘もなされた。このような本パネルにおける経済学への期待に応えていくためには、費用便益分析等の応用経済学に力点を置き、この分野の人材を育成することが必要であろう。最後に、フロアーを交えて政策評価の重要性について質疑応答がなされた。



第7章「行動経済学から社会病理を考える――肥満・喫煙・多重債務」は、司会大竹文雄(大阪大学)、パネリスト池田新介(大阪大学)、依田高典(京都大学)、および村井俊哉(京都大学)によるパネル討論である。肥満・喫煙・多重債務といった社会病理的な現象を取り上げ、行動経済学的な視点から多角的に議論している。行動経済学は、伝統的な経済合理性のもとでは説明しづらい現象を扱えるため、近年急速な進歩を遂げている学問分野である。ここでは、肥満、喫煙、多重債務やギャンブル依存と、時間割引率や危険回避度との因果関係について、池田教授と依田教授による一連の実証研究を紹介し、ギャンブル依存に関して精神医学・行動神経学から分析した村井教授の研究を紹介している。いずれの研究も大変示唆に富んでいて、今後さらなる発展を期待させる。また、行動経済学における事実の発見や説明だけでなく、得られた知見に関してどのような政策インプリケーションが導けるかについて、経済学や精神医学などの見地から広範な議論が展開された。最後に、フロアーを交えて興味深い質疑応答がなされた。



本書が2011年3月11日の東日本大震災後に日本が直面するさまざまな困難と挑戦の中で、経済のあり方、本質、あるべき姿について考えておられる多くの方々に大きなヒントを提供することを期待する。なお、出版にあたり『季刊 理論経済学』の当時からお世話になっている東洋経済新報社および同社出版局の伊東桃子氏に感謝する。


  2011年8月

エディター

阿部 顕三(大阪大学)

大垣 昌夫(慶応義塾大学)

小川 一夫(大阪大学)

田渕 隆俊(東京大学)


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概要

日本経済学会唯一の日本語版機関誌。会長講演、石川賞講演、大会特別報告をもとにした論文と、「政策評価」「社会病理と行動経済学」をテーマとしたパネル討論を収録。

目次


第1章 財政構造改革と経済活動:政府支出と民間努力
第2章 日本の景気変動要因:時系列分析からの視点
第3章 ミンサー型賃金関数の日本の労働市場への適用
第4章 対外援助と経済成長の理論
第5章 戦略的提携の経済分析:二つの視点
第6章 わが国における政策評価:この10年を振り返って
第7章 行動経済学から社会病理を考える:肥満・喫煙・多重債務