ビジネスのためのデザイン思考

紺野 登著
2010年12月1日 発売
定価 2,200円(税込)
ISBN:9784492521908 / サイズ:サイズ:A5判/ページ数:228


ビジネスのためのデザイン思考(「はじめに」から)



   今から100年後に現在を振り返ってみたとしましょう。そのときに21世紀の産業社会を描写するであろう、大きな時代のコンセプトは「デザイン」である……。これからこのような視座で「デザインの世紀」の経営について考えていきたいと思います。なぜデザインが重視されるのか、背景や知としてのあり方についてひもとき、デザインを知的基盤とする「デザイン経営」(design-based management)に不可欠と考えられる実践的思考について論じていきます。



   なぜデザインなのか。それは20世紀の分析的・管理的な経営(学)が軽視してきた創造性(感情的知性)や、現場における身体性(運動的知性)の回復につながる知のあり方がデザインという言葉に象徴的に集約されているからにほかなりません。



 21世紀に入ってもう10年が経ちました。日本企業の本格的な再生が叫ばれています。しかし、世界の経済や社会も未曾有の転換期にあります。ひとり日本企業が奮起しても、望む変化は望めないでしょう。内向きの日本的経営論や日本企業論だけではブレークスルーへの限界を感じます。DNAや資質を再確認しつつも、大きな時代の変化のなかで、自らが為せることを見いだし、やり方や考え方を変えること。そうでなければその閉塞感から抜け出すのは難しいでしょう。



 ここにデザインの知としての可能性があります。最近の日本企業の現場を見るにつけ、かつての考え方や仕事の仕方の延長ではただただ物事が複雑になっていくだけだという感があります。まさにアポリア(行き詰まり)の状況です。小手先のツールや組織活性化でない、根本的な知の刷新、すなわち「リ・デザイン(re-design)」が必要ではないでしょうか。



   ただ、この大きなテーマをうまく扱っていけるか不安です。まず、デザインというと、まずは皆さんの周りにあるモノのカタチのデザイン、とくにプロダクト・デザインを思い浮かべることでしょう。それもデザインの一面です。しかし、デザインの本質的な意味や価値は、カタチに至るまでのコンセプトや製品やサービスを構成する多くの要素間の関係性の形成力(組織化力)にあります。つまりカタチがなくてもデザインなのです。デザインは人間力をフル活用しながら価値を生み出す、いまの時代にふさわしい思考、「知」だといえます。



   デザインとは「デ(de)」+「サイン(sign)」、つまり、従来の意味の組み合わせを否定し、変えることです。常識を否定し複雑な状況をシンプルに解決しようとする「引き算」のアプローチでもあります。何らかのフレームワークをあてはめ分析を駆使して一般解に至るのとは異なるアプローチです。私たちの直観、身体・感情・知性を用いて現場での個別具体の現実から仮説を生み出し、目的に向けて諸要素を綜合・創造する知です。こういった思考法を身につけることは、複雑で不確実な社会に生きる私たちには不可欠ではないでしょうか。



   デザインの対象や領域はもはやモノだけでなく、サービスやそのイノベーションに、そしてビジネスモデルにまで広がっています。私たちは見えないものをデザインの対象とする「知識デザイン」の世紀にいます。これまでも重要だとはいわれていましたが、経済や経営の側からもデザインが再認識されています。ただしそれは、1980年代や90年代とは異なる経済とデザインの組み合わせ、つまり人間の顔をしたサービス経済と「知識デザイン」という組み合わせにおいてです。



   今後もっとも大きなデザインの領域のひとつは地球規模の「サステナビリティ」のイノベーションではないでしょうか。世界が「過剰なモノの生産と供給、欲望喚起によるマーケティングの時代」から「人間や社会のための最適な関係の形成やサービス化された技術やモノのあり方を模索する時代」になり、個々の地域や顧客との関わりの中で人間社会や文化を深く理解し行動する要請が高まっています。これまでの画一的でユートピア的なグローバリゼーションの考えでは解決できない、多元的な価値の対立と共存という克服すべき問題が山積しています。



 本書は従来の意味での「デザインの本」ではありません。「知のデザインの世紀」の経営という視座の下で、(1)プロダクトのイノベーションなどにかかわる知の方法論としてのデザイン、(2)ビジネスモデルなどに関わる生産システムとしてのデザイン、(3)持続的な経営あるいは人間中心の経営やリーダーシップの哲学としてのデザインという、3つの側面から知的基盤としてのデザインについて考えていきたいと思います。



 これらに従って、PART 1の第1章ではイノベーションを促進するデザイン思考(知識デザイン)、第2章ではプロダクトやサービスのレベルを超えたビジネスモデルつまり価値生産システムとしてのデザイン、第3章では21世紀のサステナビリティ経営にとってのデザインを論じます。



 PART2では第1章--第3章にほぼ対応しながら、著者が経営大学院やデザイン・スクールのプログラムで展開している実践的なデザイン経営の方法論や思考ツールについて紹介します。(1)コンセプト・デザインの方法論としてのエスノグラフィー(文化人類学の調査方法)などの質的研究方法論(第4章)、(2)関係性のデザインとしてのビジネスモデルのデザイン(第5章)、そして(3)時間・空間に関わるデザインすなわちシナリオに基づくデザイン(第6章)をとりあげます。



   本書は2010年初め頃、東洋経済新報社のベテラン編集者大貫英範氏と別件でお話したのがきっかけでデザイン経営についてまとめる話が具体化しました。その少し前からデザインに関する経営者の関心が高まりつつありました。筆者の周囲でも某大手ITサービス企業トップがこれからはデザインだと語り同社の役員にデザインに対するレクチャーの依頼を受けたりしました。東京大学工学部ではi-school(イノベーションの学校)の試みが始まり、桑沢デザイン研究所ではという戦略的デザイン経営プログラムが開始されました。審査員をしている「グッドデザイン大賞」では「サービス分野のデザイン賞」が立ち上がりました。一般社団法人・日本デザインマネジメント協会などの組織化についても相談をお受けしました。要は、従来の日本的経営の現状、モノづくりに傾斜しすぎて閉塞した状況をなんとかデザインで打ち破れないか、という皆さんの思いが高まっていたということだったのではないでしょうか。



 ただし、何でもそうですが、こういった経営概念の流行(ファッド)はよほど留意しなければなりません。便利で面白いから飛びつくという時代ではないのです。「デザイン祭り」ではいけない。一寸齧って、難しいから、理解しにくいから、すぐに役立たないから、という関わり方では本質に至る前に関心を失ってしまうでしょう。正直、デザインの世界は玉石混淆です。デザインが話題になっているからといってすぐにわかるものではないし、つかみどころのないところがあります。しかし、21世紀の知としてのデザインの重要性は否定できなくなっています。


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概要

画期的デザイン思考モデルの提案。モノづくりに止まらず、イノベーションやビジネスモデルの設計につながる手法・手順・ツールを体系的に示した知識創造のための斬新なテキスト。

目次


 【PARTI 知のデザインの世紀】
 第1章 知識デザインとデザイン思考
   1.1  矛盾を超える知を
   1.2  「デザイン思考」とは何か
   1.3  概念を生み出す直観的思考のパラダイム
 第2章 産業社会の知となったデザイン
   2.1  デザインの世紀の生産システム
   2.2  デザインの知で価値を生む企業
   2.3  デザイン人的資本の形成
 第3章 イノベーションを生むデザイン・マインド
   3.1  本質的な価値を求めて
   3.2  人間的価値中心の経営
   3.3  デザイン・アントレプルナーシップ
 
 【PARTII デザイン経営の知的方法論】
 第4章 コンセプトをデザインする(質的データのデザインの方法論)
   4.1   経験世界からの概念の創造
   4.2 「エスノグラフィー」アプローチ
   4.3 インタラクション主義のすすめ
 第5章 ビジネスモデルをデザインする(関係性のデザインの方法論)
   5.1 ビジネスモデルがもたらしたインパクト
   5.2  ビジネスモデルのパターンを知る
   5.3 ビジネスモデルを成立させる社会的知識資産
 第6章 シナリオをデザインする(時間・空間のデザインの方法論)
   6.1  企業の持続性の条件を考える
   6.2  「一元的」世界観の落とし穴
   6.3  シナリオ・ベースド・デザイン
 
 さいごに-「場」のデザイン

 

著者プロフィール

紺野 登
こんの のぼる

KIRO(知識イノベーション研究所)代表,多摩大学大学院教授,同知識リーダーシップ綜合研究所(IKLS)教授.京都工芸繊維大学新世代オフィス研究センター特任教授,同志社大学ITEC客員フェロー,東京大学i‐schoolエグゼクティブ・フェロー.2004‐10年グッドデザイン大賞審査員.

早稲田大学理工学部建築学科卒業.博士(経営情報学).知識産業の事業開発,PSF組織戦略,リーダーシップ・プログラム,ワークプレイス戦略等の領域で知識経営とデザイン・マネジメントの研究と実践を行う.

主な著書:『知識創造の方法論』(野中郁次郎氏との共著,東洋経済新報社),『美徳の経営』(同共著,NTT出版),『知識デザイン企業ART COMPANY』(日本経済新聞出版社)など.

URL:http://www.knowledgeinnovation.org