#7 ビジネスとは何か

 倒産の危機を切り抜けた後も、期待をかけた新シューズの失敗、円ドルレートの急変動、人件費の高騰、アメリカ政府との争い、株式公開など、さまざまな問題が立て続けに生じる。
 それでもナイキは、困難を乗り越え、アパレル部門の立ち上げや、中国進出の足がかりをつかむなど、次の飛躍への準備を着々と進める。
 そして上場が目前となったとき、ナイトは、ビジネスとは何か、勝つとはどういうことかを語り始めた─。

 〝ビジネス〟という言葉には違和感がある。当時の大変な日々と眠れぬ夜を、当時の大勝利と決死の闘いを、ビジネスという無味乾燥で退屈なスローガンに押し込めるには無理がある。
 一部の人間にとって、ビジネスとは利益の追求、それだけだ。私たちにとってビジネスとは、金を稼ぐことではない。
 人体には血液が必要だが、血液を作ることが人間であるわけではないのと同じだ。血液を作るような人体の営みは、より高い次元の目標達成に向けた基本的なプロセスだが、それ自体は私たち人間が果たすべき使命ではない。その基本のプロセスを超えようと常に奮闘するのが人生だ。
 1970年代後半の私はまさに奮闘していた。私は勝つとはどういうことかを見つめ直し、勝つこととは、負けずに生き延びる以上のことだと知った。
 もはや勝つことは、私や私の会社を支えるというだけの意味ではなくなっていた。私たちはすべての偉大なビジネスと同様に、創造し、貢献したいと考え、あえてそれを声高に宣言した。何かを作り、何かを伝え、何か新しいものやサービスを、人々の生活に届けたい。人々に幸福、健康、安全、改善をもたらしたい。そのすべてを断固とした態度で効率よく、スマートに行いたい。
 滅多に達成し得ない理想ではあるが、これを成し遂げる方法は、人間という壮大なドラマの中に身を投じることだ。単に生きるだけでなく、他人がより充実した人生を送る手助けをするのだ。
 もしそうすることをビジネスと呼ぶならば、私をビジネスマンと呼んでくれて結構だ。ビジネスという言葉にも愛着がわいてくるかもしれない。

1980年12月2日、ナイキは22ドルの価格設定で上場を果たした。
同じ年、同じ22ドルの価格で、新興企業のアップルも上場を果たした。
激動の20年を熱狂して走り抜けたフィル・ナイトは、
いま、何を思うのか。彼が若い人たちに伝えたいことは─
感動のラストは、ぜひ、本書でお楽しみください!

#6 負け犬でも勝てる