オニツカとの交渉が首尾良くまとまり、売り上げは大きく伸びていたが、ナイトのブルーリボンは常に資金繰りで苦しんでいた。稼いだ金はすべて投資に回し、さらに銀行からの借金で特大の注文を繰り返していたからだ。
その危険なビジネスの背景には、ランナーとしての、そして経営者としての彼の哲学があった。折り合いの悪い担当の銀行員とは、こんなやりとりをしていた。
初年度に売り上げた8000ドルを銀行に預けた後、翌年度は1万6000ドルの売り上げを計画していたのだが、その銀行員によると、これは厄介な傾向だそうだ。
「売り上げの100パーセント増加が厄介ですって?」
「会社の資産の割に成長が速すぎます」
「こんな小さな会社の成長が速すぎる? 成長が速ければ、資産も増えるでしょう」
「原理は同じで、会社の大きさには関係しません。バランスシートを超えた成長は危険です」
「人生は成長であり、ビジネスも成長です。成長するか死ぬしかありません」
「私どもはそうは考えません」
「ランナーにレースで飛ばし過ぎるなと言うようなもんでしょう」
「それとこれとは話が別です」
話をややこしくしているのはそっちだ、と言ってやりたかった。
そもそも私がまったく持ち合わせていないのが現金だ。1ドルでもあれば、すぐにビジネスに投資してしまうからだ。それがそんなに飛ばし過ぎなのか。
何もしないでキャッシュバランスを維持するなど、私には無意味なことだった。もちろん、それは慎重で保守的で、賢明なことなのだろう。だが慎重で、保守的、賢明な起業家など、そこらに掃いて捨てるほどいる。私はアクセルを踏みっぱなしでいたかったのだ。