売り上げが大きくなっても、相変わらず過大な借金をして自転車操業を続けていたブルーリボンは、1975年、ついに銀行から関係を切られてしまう。しかも銀行は、ナイトを詐欺師扱いして、FBIに通報する。
ブルーリボンの倒産、自身の逮捕が頭をよぎるが、その危機を救ったのが、以前からつきあいのあった日本の総合商社、日商岩井だった。
フィル・ナイトとともに、銀行の担当者ホランドの元を訪れた日商岩井の財部部長イトーは、こう切り出した─。
「私の理解では、ブルーリボンとの取引を今後は拒否するそうですが」
ホランドはうなずいた。「そのとおりです。ミスター・イトー」
「それならば、日商がブルーリボンの借金を返済します。全額」
ホランドが目を凝らした。「全額……?」
イトーは低く、声にならない声で返事をした。私はホランドをにらみつけた。私は、これが日本人だと言ってやりたかった。言葉を詰まらせながらでも。
「もう1つあります。お宅の銀行はサンフランシスコで、うちと取引しようと交渉しているそうですが」
「そうです」とホランドは言った。
「ああ、それならこれ以上交渉しても時間の無駄でしょう」
「本気で言っているのですか」とホランド。
私は横目でホランドを見た。笑うまいと懸命に耐えたが、つい笑みがこぼれた。
銀行から出ると私はイトーに頭を下げた。キスしたかったが、頭を下げるだけにした。「ありがとうございます。私たちを守ってくれたことを後悔させません」
彼はネクタイを正してこう言った。「何とも愚かなことです」
当初、彼は私のことを言っているのかと思った。だがそれは銀行のことだった。「私は愚かなことは好みません。みんな数字ばかりに気を取られ過ぎです」